ドイツの自転車道

 

 ドイツの都市では自転車道の整備が進みつつあります。
 ドイツの自転車道は大きく二つに分けて考えることが出来ます。一つは複数の都市間を結ぶ自転車遠距離道で、今ではドイツ中に自転車遠距離道のネットワークが出来上がっています。これは主としてサイクリング用、観光用として利用されているようです。ドイツでは自転車を利用した観光が非常に盛んなようで、書店でも専用のコーナーが用意され、ドイツ国内に限らずヨーロッパ全域、アフリカ、南北アメリカ等の自転車観光ルートの地図が各種販売されています。
 もう一つの自転車道が私が現在関心を持って調査中の都市内の自転車ルートで、これは専ら通勤通学、買い物などの日常の用途に利用される実用的なものです。
 北ドイツの大都市ハンブルクの整備計画を見ると、町の中心部から放射状に伸びる路線が10ルート、それに内環状と外環状という二つの環状自転車ルートが出来る予定です。
 都市内での自転車道の整備が進捗するのには、法的・政治的な二つの背景があります。一つは1997年、道路交通規則に自転車に関する改正条項が加わったことで、もう一つは四年前の総選挙でテンポ30ゾーンの導入を公約に掲げた連合90緑の党が政権入りを果たしたことです。
 テンポ30ゾーンというとまず歩行者にとっての安全と住宅地区の静穏を確保する政策と考えていたのですが、調べていくうちに自転車にとって持つ意味が非常に大きいことが分かりました。テンポ30ゾーンでは基本的に歩道上にも車道にも自転車専用の走行空間が確保されるということはありません。自転車は自動車と前後して車道を堂々と走ります。30kmという時速制限がこれを可能とするのです。上記のハンブルクの自転車ルートも主としてテンポ30ゾーンを通ることになります。
 次に1997年、道路交通規則に付け加えられた自転車条項を見てみたいと思います。
 私が初めてドイツに行った時、歩道上に白線を引くか、色分けをして設けられた自転車道に新鮮な驚きを感じたのを覚えています。しかし同時に、自転車が自分たちのために定められたコース上をスピードを出して走るので、歩行者には車よりも自転車の方が怖いなとも思ったものでした。実はこの歩道上の自転車道は、自転車乗りにとっても評判の悪いものだったようです。道路交通法によると自転車は本来、車両の一種として車道を走ることになっています。それが自転車道のあるところでは自転車道を走るように義務付けられていたのです。皮肉な見方をすると、自動車交通に邪魔な自転車を都合よく歩道上に押し上げたとも言える訳です。
 歩道上の自転車道が自転車にとって持つ問題点は、幅が狭すぎたり、凹凸があるなど整備が不十分であったこと、駐車場の出入り口や、駐車してある車などのために自動車の側から視認しにくい交差点などで、しばしば自動車との衝突事故を招いたりしたことです。こうしたことから改正条項では歩道上の自転車道に関して質の規格を定め、それを満たさない場合は自転車走行者に自転車道走行の義務はなく、車道との間で選択できるようにしました。
 こうなると車道に自動車と自転車をどう共存させるかということが問題となってくるわけですが、改正自転車条項では、車道上に実線を引いて自転車専用車線を設けることができる、また自転車専用車線を設けるだけの道幅がない場合には点線を引いて、自転車のための車線であるが自転車にとって危険のない限り自動車も走行することができる自転車保護車線を設けることができる、と定めました。ハンブルク市は歩道上の自転車道よりも自転車車線の設置を優先すると言っています。それは交差点や駐車場出入口などでの安全性が自転車車線の方が高いからです。
 改正自転車条項ではさらに自転車道路という、テンポ30ゾーンよりも自転車専用車線よりも自転車への配慮の進んだ新たな概念に基づく道路を設定することができるとしています。自転車道路とは市街地・住宅地の一般の道を自転車が優先権を持った道路として定めたものです。そこでは複数の自転車が並走することも許され、自動車の乗り入れは例外的に認められるが、抑制された速度(時速20~25km)で自転車の安全に配慮しながら運転しなくてはならないとされています。これは自転車にとっては快適この上ない道路となりますが、自動車にとって厳しすぎるため住民合意が難しいのか、テンポ30ゾーンが順調に広がっていったのに比べて、どの都市でも指定はあまり進んでいないようです。
 またバス専用車線を自転車も走ってよいように定めることが可能となりました。バス専用車線とは、日本でよく見るように時間制限があったり自動車が平気で入ってきたりするようなものではなく、片側二車線のうちのバス専用車線の指定は厳格に守られ、渋滞する一般車用車線を尻目にバスは快調に走ります。このような本物のバス専用車線が自転車に開放されるわけですから、自転車は一般車両と交じり合って走る必要がないのです。
 ここまで自転車が走る各種の形態の道路を紹介してきましたが、皆さんに注意して頂きたいことは、ドイツもどこでもここでも車道や歩道と独立した専用の自転車車線を用意できるほど道路スペースに余裕がある訳ではないということです。限られた道路空間をどうやりくりして自転車が安全に走れる条件を整えようとしているか、その工夫振りを見て欲しいのです。
 日本でも昨年7月に道路構造令が改正され、自転車に配慮した道路を造っていこうということになったようですが、これは道路空間に余裕があり、自動車の快適な走行環境を確保したまま自転車道の整備が出来る新都市のような場合の話で、これだけでは旧来からある町で自転車の安全を図っていくことは出来ないでしょう。狭い道でも自動車が最優先に二車線を占め、せいぜい片側だけの歩道が出来れば御の字という今の状況を打ち破るには、自動車にも不便を忍んでもらいますよという、はっきりとした政策の方向転換が必要であると思います。

《「クルマ社会を問い直す会」会報原稿(2002年8月執筆)》


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