交通権学会大会

 

 去る7月10日、11日の二日にわたって、名古屋・名城大学で、交通権学会の大会が交通権憲章をテーマとして開かれた。交通権学会とは、「国鉄和歌山線格差運賃返還請求訴訟」をきっかけに、1986年に誕生した学会であり、法学、経済学、工学など幅広い分野の研究者が学際的に集結するとともに、企業に勤務するエンジニアや、交通政策の現場で苦労する自治体職員も多数参加する、学会と市民運動の融合体的性格を持つ。

<交通をめぐる諸問題>
 地方の交通路線の問題は、国有鉄道の民営化以来、ますます深刻さを増している。過疎化、私的モータリゼーションの進行によって、地方の交通路線の利用率が下がると、今度は経営の悪化がサーヴィスの低下を招き、それが更なる利用率の低下、人口の流出を招くという悪循環に陥っている。
 旧国鉄ローカル路線を引き継いだ第三セクターは、38社中31社が赤字という現状であり、多くがバス路線に代替されるか、廃線になることを恐れる状況にある。さらに鉄道を代替したローカル・バスさえ、採算ラインを大きく割り込むと廃止される運命にある。また第三セクターというあり方が、鉄道の安全性の確保という面からも少なからぬ問題をはらんでいることは、1991年の信楽高原鉄道事故において、衝撃的な形で明らかになってしまった。
 また、新たな形の問題として、整備新幹線建設の代償として、平行在来線が廃止されるという事態が起きている。その犠牲の第一号となってしまった信越本線・横川−軽井沢間については今、運輸大臣を相手に裁判が戦われている。そして、第二の犠牲になることが最も危惧されている東北本線の盛岡−八戸間では、「東北本線を守る会」が中心となって、在来線を守る運動が進められている。
 新規の高速鉄道や道路建設には膨大な資金がつぎ込まれる一方で、生活に切望される日常の足である鉄道が切り捨てられていく様には、今進みつつある福祉切り捨て政策に共通した、弱者に対する鈍感さがある。
 また一方、都市の交通も、あいかわらずの過密運転の問題のほか、障害者たちにとって利用するに耐えないという事態は変わっていない。

<交通権の思想>
 このような現状に対する闘いの中から人々は、人間の基本的人権としての交通権という思想を育んでいった。交通権学会では、十年間の活動を通じて、交通権という思想の内実について検討を重ね、その集大成として、交通権憲章を制定しようと協議を続けてきた。闘いの現場にある人たちは、交通権という思想を武器としていくために、それが交通権憲章として広く一般化していくことを切望しているのである。

<交通基本法の制定を>
 フランスではすでに1982年に社会権としての交通権を明記した「国内交通基本法」が制定され、アメリカでは1990年に交通上の差別を禁止した「障害を持つアメリカ人法(ADA)」が制定されている。交通権学会でも、交通権憲章が制定された後には、その精神を汲んだ交通基本法が日本でも制定されることを運動の目標としている。
 残念ながら今大会では採択にまでは至らなかったが、今年中には98年・交通権憲章として結実させたいという学会の意向である。憲章が制定された暁にはACTでも、全文を紹介する予定である。

1998年執筆ACT紙掲載

交通権学会ホームページ


清水真哉の交通問題

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