「一般ドイツ自転車クラブ」の理念と活動

The ideas and activities of 'General German Bicycle Club'

*この論文は交通権学会の学会誌「交通権 第17号」2000年に掲載されたものです。

T. 序
U. ADFCの歴史
V. ADFCの組織
W. ADFCの事業活動
1. 保険事業
2. 出版・広報活動
3. 研究活動
4. 自転車旅行支援事業
(1) 修理保障証
(2) 自転車道地図の作成と販売
(3) 旅行計画のプランニングの支援
(4) 旅行業者との提携
(5) 鉄道会社との提携
(6) 会員相互の互助
5. 自転車ステーションの運営
6. 消費者団体としての活動
X. 交通政策を提起する団体としてのADFC
1. ADFCの理念
2. ADFCの交通政策上の要求と成果
(1) 自転車交通の安全
(2) 子供の交通安全
(3) 自転車道の整備
(4) 自転車交通の推進
(5) 交通と環境
3. ADFCの理念:参考資料
Y. ヒルデスハイム支部の実例
1. 交通安全
2. 情報の提供
3. 自転車交通の促進
Z. 道路交通規則の改正について
[. まとめ


「一般ドイツ自転車クラブ」の理念と活動            清水真哉

T. 序
1999年の夏、スウェーデン、デンマーク、ドイツの諸都市を巡り、交通事情を見聞してきた。とりわけ、ウプサラ(スウェーデン)、ミュンスター、ブレーメン、ハンブルク(以上ドイツ)などでの自転車関連の施策の進展ぶりには驚きを覚え、幾度となくシャッターを切った。このような体験は、ヨーロッパ、とりわけ自転車利用の先進地とされるオランダなどを視察した人には共通のものであろう。
だが容易には認識されないことであるが、こうした進展は自然に起こったことではなく、その裏には道路上での自転車の権利の拡大を求める人たちの地道な活動があったのである。そうした活動家が集まったドイツ最大の団体である「社団法人・一般ドイツ自転車クラブ」(Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club e. V. 略称ADFC)について、基本的な情報をここに報告しておきたい。

U. ADFCの歴史
まずADFCの歴史について、ADFCの20周年記念に発表された文章から、その一部を紹介しておきたい。
「自転車のための強力なロビー団体を設立するというアイデアは、1978年の国際自転車・オートバイ見本市の期間中に生まれた。生みの親は、当時51歳のブレーメンの人である交通・企業顧問ヤン・テッベであった。彼は意を同じくする専門家達に、自動車優先の交通に対して自転車の利益を主張して、自転車に同等の地位が与えられるようにしなくてはならないという考えに同意してもらった。
ドイツの有力環境保護団体BUND(Bund für Umwelt und Naturschutz Deutschland)がケルンで開いたシンポジウムも切っ掛けとなった。さらに既に体系的な自転車促進政策を採り始めていたエアランゲン市の市長ディートマール・ハールヴェーク氏も協力した。しかし、様々な団体を直ちに統合するという風には行かなかった。
翌1979年、18名ほどが集まり、まず準備団体が設立された。定款の草案が定められ、ADFCという名前も決まった。二週間ほどのうちに179名の会員が集まり、西ドイツ各地で活動を開始した。
その当時すでに「緑のサイクラー」という団体が活動していたらしいが、テッベ氏は、「彼らは市役所の前でデモをするが、ADFCは市役所の中で交渉をする。」と語った。
同年秋には、ブレーメンで設立総会が開かれ、定款が定められ、ブレーメンで社団法人として登録された。
1986年にはサーヴィス部門が、ADFCが大部分の株を所有する有限会社に移行した。
地方組織も徐々に整備されていき、地域に根差した交通手段である自転車に対するサーヴィスその他の活動が十分になされるようになっていった。
ベルリンの壁が崩壊した後には、正式な統一がなされる前に、ポツダムに支部を設立することが出来た。」(註1)
1999年11月3日のADFCの記者発表によると、ADFCの会員数は十万人を超えた。 連邦交通建設住宅省の『ドイツ連邦共和国における自転車交通の状況に関する1998年第一回連邦政府報告』(註2)では、ADFCは自転車利用者のために包括的な活動を行なっている団体として記載されている。

V. ADFCの組織
ADFCはブレーメンに本部を置いている。
ADFCの最高決議機関は連邦総会(Bundeshauptversammlung)であり、ここには各州の支部が会員数に応じて二名以上の代表を送る。中央委員会(Hauptausschuß)は、連邦総会に次ぐ決議機関で、各州の支部が一名ずつ代表を送る他、連邦理事会の成員が属している。連邦理事会(Bundesvorstand)は、ADFCの執行機関である。
次に地方組織であるが、通常の利用での移動範囲が徒歩に次いで短いという自転車の交通手段としての特性からして、自転車に関するサーヴィスを行なう団体は狭い範囲での地域に根ざした活動をしていかなくてはならない。その要請にしたがって、ADFCの地方支部は大変充実している。旧東地域を含めた16州全てに州支部を置いており、更に郡レベルや市町村レベルの地方支部の総数は400に昇る。各支部は、それぞれの地域において、独自性の強い活動を行なっている。
その他ADFCはヨーロッパ各国の自転車団体の連合体であるECF(European Cyclists' Federation, ヨーロッパ地域外の団体も実際には加盟している)に代表団を送っている。
なおADFC解散の時には、財産はBUNDに贈与されることになっている。

W. ADFCの事業活動
ADFCという団体の性格を理解する上で重要な点は、それが日本でいえばJAFに相当するようなサーヴィス事業を行なう交通クラブであるということである。ドイツでJAFに相当する団体はADAC(Allgemeiner Deutscher Auto-Club)という。ADFC(Allgemeiner Deutscher Fahrrad-Club)という名称は明らかにこのADACをもじったものではあるが、その裏には、自動車のためにあるようなサーヴィス提供事業者が、自転車のためにもあってよいのではないかという志がある。
ADFCは事業活動を行なうことによって会員の層を拡げ、その大きな会員数がロビー活動を行なう上での政治力の源となっていくのである。

1. 保険事業
ADFCでは、保険事業を行なっている。
ADFC会員の会費のうちには、徒歩、自転車、あるいは公共交通機関での移動中に発生した賠償義務、権利保護の保険が含まれている。さらに会員は、自転車盗難保険などに割引価格で加入することができる。なおこれらの保険事業は、有限会社P&P Pergande & Pothe社との提携において行われている。

2. 出版・広報活動
ADFCは、「自転車世界」(RadWelt)という隔月の定期刊行物を出版している。発行部数は六万部である。内容は、世界の交通事情、交通政策に関わる記事の他、各地の観光情報、自転車旅行者向けの旅行情報を提供している。
更に「事実、論点、要求」(Fakten...Argumente...Forderungen...)、「道路交通規則」(StVO)、といった世論形成のための冊子を必要に応じて刊行している他、啓蒙用のパンフレット類も制作・配布している。こうした啓発活動には、ドイツ交通省からの補助を受けている。
また各支部も、それぞれ独自の定期刊行物を出している。

3. 研究活動
ADFCは、ECF(European Cyclists' Federation)と共同で、自転車および交通問題一般に関する研究事業、あるいは世界各地の各種研究機関・研究者への研究委嘱事業(Der Forschungsdienst Fahrrad des ADFC)を行なっている。約200件の研究成果の要約をADFCのホームページ上で読むことができる。

4. 自転車旅行支援事業
ADFCの事業の重要な柱に、自転車旅行を計画・実行する人への様々な援助サーヴィスが挙げられる。

(1) 修理保障証
ADFCでは、日本でもJAFなどの自動車クラブが自動車走行中のパンクなどのトラブルに際して行なっているようなものと同様の、自転車旅行中のトラブルに対する自転車修理、パンク修理などを現場で行なうサーヴィスを提供している。

(2) 自転車道地図の作成と販売
ADFCは、ドイツ全土の自転車道の地図を作成している。ドイツ全土の長距離自転車道を一枚に載せた地図の他に、各支部でそれぞれの地方の自転車道の地図を編纂している。
またヨーロッパ諸国の自転車道の地図も、そのドイツ語版の販売を行なっている。

(3) 旅行計画のプランニングの支援
ADFCの各支部の事務所が、自転車旅行を計画する人の相談場所となっており、ADFCのヴォランティアの活動家が事務所の開所日に詰めて、相談に乗っている。また旅行予定者はそこで、旅行予定地の自転車道の地図を購入できる。
また、ADFCではドイツ全域13地域と、ヨーロッパ21カ国の計33種の旅行情報パンフレットを、自転車タイヤ会社の支援で作成・配布している。なおその内容はすべてADFCのホームページ上でも読むことができる。
こうした相談サーヴィスの対価は、会費のうちに含まれている。

(4) 旅行業者との提携
旅行業界との連携も進んでおり、1998年には社団法人ドイツ観光協会(Deutscher Fremdenverkehrsverband e.V. 略称DFV)と共同で「ドイツの遠距離自転車道」(Radfernwege in Deutschland)を刊行した。ADFCはまた1999年には、「自転車で再発見するドイツ−景観の優れたルート一覧」(Deutschland per Rad entdecken - Die schönsten Routen auf einen Blick)というパンフレットを、社団法人ドイツ観光協会(Deutscher Tourismusverband e.V. 略称DTV)と共同で刊行している。(DFVとDTVは同一の団体と思われる。)どちらの刊行物もドイツ経済省の支援を得て作成している。
また、まだ一部の支部が始めたばかりであるが、ベット&バイク(Bett & Bike)という試みも行なわれている。それは、自転車旅行者にとって好都合なサーヴィスの基準を満たしたホテル、ペンション、ユースホステル、キャンプ場などの一覧を冊子にして出版するというものである。その基準とは、自転車の盗難防止の設備、自転車修理道具の貸与、衣類の乾燥施設などである。
旅行業界や経済省のこうような協力的な姿勢には、自転車旅行を盛んにすることの経済的な意義に目を向けるように、ADFCが働き掛け続けた成果が現われている。

(5) 鉄道会社との提携
1988年以来、鉄道と自転車の接続に関しても前進が見られた。
ADFCとドイツ鉄道株式会社(Deutsche Bahn、旧称Deutsche Bundesbahn、略称DB)が密接な対話を続けた結果、自転車の車内持込を廃止するというDBの計画を撤回させることができた。1989年以降、近郊電車への自転車の無制限の持込が実現した。さらに全てのInterRegio、90本のInterCityへの持ち込みが可能になり、さらにはInterCityExpressへの持ち込みも可能になり始めている。
かつてADFCと鉄道事業者は、ADFCが自転車の持込を要求して、鉄道会社が渋々それを認めるという対抗的な関係であった。しかし鉄道会社も、旅客数を伸ばすためには自転車持込者の利便を図ることが有益であると認識するにいたり、自転車と鉄道という組み合わせを積極的に広報していくという方向に転換するとともに、ADFCとドイツ鉄道株式会社の関係も協力し合うパートナーとしてのものに発展してきた。「鉄道と自転車」(Bahn&Bike)というドイツ鉄道のパンフレットは、ADFCの支援によって作られている。
こうした協力的な関係は、各都市の公共交通の事業体との間にも形成されつつある。

(6) 会員相互の互助
ADFCでは、自転車旅行、サイクリング、ツーリングを愛好する会員同士が、仲間となって一緒に自転車乗りを楽しむことができるように、いくつかの仲介サーヴィスを行なっている。
一つはADFC-Mitradelzentrale(サイクルグループセンターとでも訳しておくべきか)で、一緒に自転車旅行をする仲間探しの仲介をするサーヴィスである。
次にADFC-Dachgeber(宿貸し)は、このDachgeberシステムに登録した者同士が、相互に宿泊の機会を提供する制度である。これは自分の家の居室を提供するのでもよし、庭先の一部をテントを張るために貸すということでもよい。ともかく自分が宿泊の機会を提供する用意があるとして名簿に名前を載せた者のみが、自分も自転車旅行をする際に、宿泊の機会を提供してもらえる権利を得られる。なお外国からの自転車旅行者には、名簿に名前がなくとも、宿を貸す場合がある。
最後に、ADFC-Länderinfobank Wer-War-Wo ?(諸国情報バンク−誰がどこにいた?)は、会員の旅行経験・情報の共有化を図るためのデータベースで、900以上の旅行のデータを蓄積しており、旅行を計画中の人の役に立っている。

5. 自転車ステーションの運営
ADFCは、各都市、各駅の自転車ステーション(貸し自転車業、自転車修理などのサーヴィス機能を兼ね備えた駐輪場)の運営に協力している。特にフライブルクの自転車ステーションでは、ドイツ交通クラブ、カーシェアリング、プロ・バーン(鉄道旅客団体)等の交通NGOと共に、共同で有限会社を設立して、その運営に参加している。(註3)

6. 消費者団体としての活動
ADFCは、自らの団体を、自転車産業が生産する全てのものに目を光らせる消費者団体であるとも規定している。
二年毎にADFCが開催する自転車の品評会「ADFC-今年の自転車」は、自転車の技術水準を明らかにするのに功があった。開催毎に、審査の対象となる自転車のジャンルが定められる。ちなみに1999年は、快適車(Komfortrad)がテーマであった。

X. 交通政策を提起する団体としてのADFC
ロビー活動はADFCにとって最も重要な仕事である。ここではADFCの要求と、その要求の裏にあるこの自転車ロビーの理念を見てみたい。

1. ADFCの理念
ADFCは、自転車交通の要請の貫徹に取り組む交通政策団体であるとともに、自転車利用者にとどまらず、自家用車以外の交通手段、徒歩やローラースケートや公共交通機関で移動する人々のための利益団体である。更にADFCは環境団体であり、交通手段の選択に関しては、環境という観点から合理的であることを目指している。自転車交通の拡大によって、住民の健康を守り、水や大気をきれいに保ち、騒音公害をなくし、エネルギーの浪費をなくし、自然を保護し、景観を保ち、交通事故を防ぐことを目指している。
また、上の目的を実現するために、生活のためや遊興のために自転車に乗る人たちを、情報提供や様々のサーヴィスを通じて支援している。

2. ADFCの交通政策上の要求と成果

(1) 自転車交通の安全
1989年、ヨーロッパ全域で、トラックに下部走行保護の側面取り付けが導入された。これにより、右折(左折)中のトラックに自転車が巻き込まれる事故が大幅に減った。これはADFCの長年の活動の成果である。
1998年の社会民主党と90年連合緑の党との連立政権合意事項の中に盛り込まれたテンポ30、市街地での自動車の走行時速を原則的に時速30キロに制限するという政策目標をADFCも要求している。これが交通事故を減らすための主要な条件と考えられている。
また自転車走行者にも、歩行者の安全をもっと考慮するように求めている。

(2) 子供の交通安全
交通教育を環境教育の一環として捉えるべきというADFCの要求が、1994年文部大臣会議で取り上げられた。「自転車交通施設への勧告1995」の中にも、ADFCの考えが反映されている。
連邦交通建設住宅省の『ドイツ連邦共和国における自転車交通の状況に関する1998年第一回連邦政府報告』(註2)ではADFCの交通安全の分野での活動について次のように記述している。
「ADFCは学校用自転車障害物競走を開発し、また交通安全教育の相談所を開設した。ADFCはまた、地方自治体のために自転車交通のための相談の手引きを出版し、1998年以降毎年、ドイツ郵便局との協働で、8歳から15歳の子供たち30万人以上のために四千回以上のトレーニングや競技会を開催している。」
その他にADFCは「マイクと彼の新しいバイク」("Meik und sein neues Bike")という子供向けの安全教育用のコミックスを出版している。

(3) 自転車道の整備
ヨーロッパ全域での遠距離自転車道網(EuroVelo-Netzwerk)の一部となるべきドイツ国内の自転車道の整備をADFCは目指している。 ドイツ国内には1999年2月の時点で、180の遠距離ルート、総延長38.000キロメートルの遠距離自転車道が整備されているが、ADFCでは自転車道の質の向上もこれからの課題であるとしている。ルート選定の点では、河川沿いや高原など、観光という側面から魅力の高いコースを求めている。

(4) 自転車交通の推進
ADFCは、自転車先進国であるオランダの「自転車交通政策プラン」"Masterplan fiets" (1990〜1998)を手本にした自転車交通政策の長期計画の策定を要求している。
具体的な内容としては、省庁横断的なワークグループを立ち上げ自転車交通推進のための政策の調整を図ること、「連邦交通網計画」(Bundesverkehrswegeplan)の中で自転車交通にも配慮すること、道路建設資金のうちの30%を自転車交通のために振り向けること、連邦道路(国道)に自転車交通用の設備を用意すること、自転車を利用する上での税法上の障害を取り除くこと、自転車の走行範囲に適合した都市計画の制定、自転車の推進による健康の増進、信号機の優先的な点滅、連邦政府および政府機関職員の自転車利用の推進、駐輪場の確保、自転車交通に関する研究・広報活動の推進等が挙げられる。また利用している交通手段に関わらず、事業所から自宅までの距離に応じて通勤手当を支給することを要求している。この方式では通勤手段としての自転車の利用が増えると予想される。
なお連邦政府は自転車交通政策計画の作成には否定的である。(註2)

(5) 交通と環境
ADFCでは、社会民社党と90年連合緑の党の連立内閣が進めている鉱油税の導入を積極的に支持している。

3. ADFCの理念:参考資料
ADFCの交通政策の根底にある理念を知るために参考になる資料がある。ティルマン・ブラーヒャーとウルズラ・レーナー=リールツによる「危機に瀕する世界におけるADFCの任務 − ADFCの活動に関する考察、1993年度ドレスデン全国総会の機会に」(註4)という、1993年のドレスデンでの連邦総会に発表されたものである。ブラーヒャー氏はADFCの中心メンバーであるので、これをADFCという団体の理念を考える上での一つの手掛かりとすることには問題はないであろうと考えられる。
自動車交通がもらたす社会、健康などへの弊害は世界共通のものであるが、それに対して自転車の利点はいくつも挙げることが出来る。であるのに自転車への転換が進まないのはなぜであろうかと、まず問題提起がなされる。
その理由は、自動車交通の発達とともに、企業は工場を各所に分散させ、消費者は地球の裏側から送られてくる奢侈品を嗜好するようになり、我々の経済が遠方からの物資の輸送に依存するようになってきたことにある。このような状況にあっては、貨物をトラックから鉄道に転換しようとしても鉄道はそれを捌ききれない。つまり本来の問題は過剰な交通量・輸送量にあるはずであり、我々の生活のあり方、消費のあり方、生産のあり方を見直す必要がある。
発展途上国への援助は現在、第三世界に自動車交通を普及させる方向で行われているが、それは資源その他の制約で実現するはずはなく、途上国に借財を増やすだけである。発展途上国への援助は、自転車や荷車を中軸に据えるべきである。
自動車交通は、交通事故に始まり大気汚染にいたるまで、人間の健康に多大な害を与えている。それに対して社会は、自動車交通の量を減らそうとするのではなく、人間を家の中に閉じ込めて問題を覆い隠そうとしている。その一方で、車でスポーツクラブへ通って健康を増進しようとするという、転倒した状況がある。自転車は空気を汚すこともなく、自転車に乗ること自体が健康によい。健康保険の事業者がADFCとの提携を進めるようになったのは理の当然なのである。
自動車社会には老人や子供などの交通弱者が存在し、交通手段は不公正に分配されている。そのため都市は自動車を持たない人々にとって分断された空間であり、女性達は、子供や老人たちの運転手役になる仕事のために社会で働く機会を奪われてしまう。我々は再び「近さ」の持つ価値を見出さなくてはならない。
交通問題を解決するには、先端技術やパーク・アンド・ライド等、問題の本来のスケールから目を背けさせるような方法ではなく、我々の行動様式を変える必要がある。モーダル・シフトだけでは十分ではなく、輸送の量と距離を減らしていく努力が不可欠である。 交通の量と距離を削減した短距離の交通では自転車の長所はよりはっきりとしてくる。
ADFCはただ単に自転車交通の便を図るのみではなく、そのことによって健康の促進、社会的な公正、安定した経済、責任を持てる援助政策、都市政策的に環境的に持続しうる交通政策に寄与している。
以上が、この資料の論旨であるが、ひとことで要約すれば、ADFCの目的は単に自転車交通の発展にあるのではなく、自転車スケールの経済社会の実現にある、ということであろう。

Y. ヒルデスハイム支部の実例
ADFCは、人間の脚力によって走行する自転車の利益・利便を図るための団体であるから、人びとが日常生活を営む、比較的狭い地域を単位とし、そこに根差して活動しなくてはならない。すなわちADFCについてよく知るためには、組織上は末端に位置する市町村単位の支部の実像を知ることが必要であると考えた。そこで私はヒルデスハイム(Hildesheim)という町に行き、そこにあるADFCの支部を訪問し、代表を務めるディートマール・ニッチェ(Dietmar Nitsche)氏から具体的な活動内容について説明を受けた。(1999年8月9日)
ヒルデスハイム市は、ドイツ、ニーダーザクセン州にあり、州都ハノーファーから鉄道で35分ほどの距離にある。また、フランクフルトからベルリン行きの新幹線ICEに乗れば、途中ヒルデスハイム駅にも停車する。人口は10万ほど、カトリックの司教座のある町である。
ADFCのヒルデスハイム支部は約15年前から活動をしている。現代表のニッチェ氏自身は12年前から活動に参加しているということである。支部会員数は約420人で、そのうちツーリングのリーダーを務めたり、事務所で旅行相談に乗ったりする活動家は約15名である。
現在の活動の中心は、1) 交通安全、2) 情報の提供、3) 自転車交通の促進の三点にある。

1. 交通安全
自転車にとっての交通安全の状況を改善するための最重要の課題は、自転車道を作ること、自転車道の質を高めることである。
そのためニッチェ氏は、月に一度位の頻度で、市のワークグループ「自転車交通」などにも参加して発言している。「彼らは市役所の前でデモをするが、ADFCは市役所の中で交渉をする。」というADFC創立者の言葉を文字どおり実践している訳である。
しかし理念としてのみ理解を得ても、普段自転車を利用していない官僚や議員によっては、自転車乗りが真に望むような改善はなかなか行われない。やはり直に問題を見てもらわないと、本来的には自転車交通に理解のある担当者によってでも、適切な対策は取られ難いということである。
そこでニッチェ氏は市の助役(Oberstadtdirektor)達に年に一度、一緒に自転車で町を走ってもらい、あらかじめニッチェ氏が気がついていた自転車交通にとって問題のある道路箇所を、具体的に指摘するという活動を続けている。走り終えた後は、飲食店などで更に懇談することもあるという。

2. 情報の提供
まず会員向けには、"Rad Post"という支部のニュースレターを年に四回、発送している。
また一般向けに"City Biking - Radfahren in Hildesheim"という冊子を年に一度刊行している。ここには後で紹介するADFC企画の自転車ハイキング大会の予定や自転車ツーリングの年間計画などが載っている。
このような冊子の刊行の他に、情報提供活動として重要なのは、「W.4. (3) 旅行計画のプランニングの支援」の項で述べたような個別相談の活動である。私が訪問した時にも、一人の青年が、予定している自転車旅行のためのルートの相談に来ており、こまごまと話し合った後に、旅行先の自転車道の地図を購入して帰っていっていた。相談の窓口となる事務所は、週に一度だけ開かれている。
このような相談活動をするためにも、ヒルデスハイム市の自転車道の地図の作成が必要となる。この仕事はニッチェ氏が一人で行なった。
この「ヒルデスハイム自転車地図」は、ただ単に市の地図に自転車道が示されているだけではない。病院や学校などの実用的な情報の他、ADFCヒルデスハイム推薦の自転車コースとして「ヒルデスハイム周遊路(ヒルデスハイム・リング)」(Hildesheimer Rundweg もしくは Hildesheimer Ring)が表示されてある。このコースは自転車道として走りやすいだけでなく、博物館や天文台など、町の見所となる地点を結ぶように工夫されていて、自転車道としての魅力を高めている。
また地図上には一部、点線で示された自転車道がある。そこは市の行政としては、自転車の通行を正式には認めていない道であるが、不合理な遠回りをさせられたくない自転車利用者として自転車道の指定を求めていることを、暫定的な自転車道として記載することで意思表示しているのである。
なおこの地図はADFCヒルデスハイムのホームページ上でも公開されている。

3. 自転車交通の促進
ADFCヒルデスハイムでは、自転車の利用を盛んにするために、年に三つの大きな催しを開催している。
長い冬が過ぎ、いよいよ自転車のシーズンが始まる三月には自転車見本市(Fahrradmesse)が立てられる。市はADFCが組織するが、開催される場所は商店街のアーケードで、自転車の業者、販売店などがそれぞれのブースを設けて宣伝や販売をする。
翌月の四月には自転車フリーマーケット(Fahrradmarkt)が開かれる。そこは自分の自転車や自転車の部品を売りたい一般の人が、自由に販売をすることができる、中古自転車の売買市場である。
そして暖かさも増す六月には、いよいよADFCヒルデスハイムにとって年間最大の行事である自転車ハイキング大会(Radwandertag)が開催される。この大会は1998年に始まり、1999年に第二回が開かれたばかりであるが、既に千人以上もの参加者を集める、市全体にとっても無視することのできない大きなイベントとなっている。
これらの三大催し物の他に、ADFCの主催による週末の自転車ツーリングは、月に二回くらいのペースで開かれている。またサイクル・スポーツの競技会も、ADFC主催とは限らないが、各種開かれている。
その他に、ADFCヒルデスハイムは月に一度、自転車工房(Fahrradwerkstatt)を開催している。そこで参加者は自分の自転車を自分で修理するのであるが、その際にADFCの側では修理の仕方の指導をする。参加費は無料である。
以上のような活動を通じて、ADFCヒルデスハイムは、町の自転車交通の発展に努めている。

Z. 道路交通規則の改正について
1997年、道路交通規則(Straßenverkehrsordnung)に、自転車に関する改正条項(Fahrradnovelle)が加わった。この改正は、自転車交通の発展にとって大きな意味を持っている。重要な改正のポイントは六点ある。(註4)
1) 自転車道の規格を道幅、障害となる突起物が無いこと、表示が分かり易くなされていることなどの点に関して定めた。この規格を満たさない自転車道では、自転車走行者に自転車道走行の義務はなく、車道との間で選択できる。
2) 一方通行路でも、その標識があれば、自転車は両方向に走ってよい。
3) 8歳までの子供が自転車に乗る時は、歩道を走らなくてはならない。10歳までの子供は歩道と自転車道のどちらをも走ってよい。
4) バス専用車線を、その標識があれば、自転車は走ってよい。
5) 車道上に実線を引いて、自転車専用の車線を設けることができる。また自転車専用の車線を設けるだけの道幅がない場合は、点線を引いて自転車保護車線を設けることができる。そこは自転車にとって危険のない限り、自動車も走行することができる。
6) 自転車道路を設定することができる。自転車道路とは市街地・住宅地の一般の道を自転車が優先権を持った道路として定めたものである。そこでは複数の自転車が並走することも許される。自動車の乗り入れは例外的に認められるが、抑制された速度で、自転車の安全に配慮しながら運転しなくてはならない。

今回の道交法改正は、ADFCの長年の活動の成果であるとともに、AFDCの各支部にとって今後の活動の手掛かりを与え、方向性を指し示すものである。
自転車道の質を改善し、また自転車道路の指定を増やしていくためには、それぞれの町に住む人たちが、自分で声を上げていく必要がある。こうした条件の中では、各地に根を下ろしたADFCの成員の活動が重要性を持ってくると考えられる。ヒルデスハイムのADFCの活動家たちも、この改正の重要性を強調していた。

[. まとめ
十万人を超えた会員数、自転車に配慮した道路交通規則の改正など、20年目を迎えたADFCのこれまでの成功にはどのような理由があるのであろうか。堅固に整った組織、地道なロビー活動、主張内容の一貫性、広範な広報活動など、いくつか挙げることが出来る。だが何よりも、趣味、スポーツの団体、また自転車ツーリズムに関するサーヴィス提供事業者としての性質と、交通政策に関しての主張を持ったロビー活動をする団体としての性質が、一つのものになっていることの強みをADFCは持っている。
この点、日本の環境保護団体の中でも例外的に成功を収めている日本野鳥の会に似ていると思う。野鳥の会は自然保護のためのロビー活動をする一方で、ほとんど毎週のように行なわれる探鳥会という活動を通じて自然愛好の気運を高めると同時に、会員数の維持増大を図っている。
ヒルデスハイム支部の例で見たように、ADFCもロビー活動を行なう一方で、シーズンになると隔週ペースで開かれる自転車のツーリングによって、会員相互の交流を図っている。
日本にもサイクリストの集まりはあるだろうし、交通問題をテーマとする市民団体も本交通権学会を始めとしていくつもあるのだろうが、両者に接点が開かれているのかは疑わしい。ドイツにはサイクリングを趣味として楽しむ人が多いのであろうかとも考えられるが、逆にADFCの活動が、ドイツで自転車愛好家の数を増やしてきたのかもしれない。
ADFCの活動に注意を払っていくことは、日本の交通権運動にとって有益なことであると私は考えている。

主たる情報源はADFCのホームページである。
http://www.adfc.de/

1) Karl-Ludwig Kelber, "20 Jahre Fahrradclub: Happy Birthday, ADFC," RadWelt, 3/1999
2) "Erster Bericht der Regierung über die Situation des Fahrradverkehrs in der Bundesrepublik Deutschland 1998", Bundesministerium für Verkehr, Bau- und Wohnungswesen, Bonn, im März 1999
3) Bernward Janzing, "Mobilitätszentralen - Modellprojekt Freiburg", fairkehr No.4, 1999 4) Tilman Bracher und Ursula Lehner-Lierz "Die Aufgabe des ADFC in einer bedrohten Welt. Gedanken zur Arbeit im ADFC anläßlich der Bundeshauptversammlung 1993 in Dresden"
http://moore0.gmd.de/~ADFC/Diverses/ADFC-Aufgabe.html(リンク切れです)
5) Heike Kieslich "Gesetzesnovelle - Freie Fahrt für Radler" fairkehr No.4, 1999
ADFCのパンフレット、"Mehr Rechte für Radler" 7.1998


清水真哉の交通問題

清水真哉のホームページ inserted by FC2 system